音楽家としての意見

今日は久しぶりにTVを見て、中国の地震に気を向けてみました。 TVをあまり見られない理由は様々あるのですが、第一に報道分野に対して抱いている怒りが自分の中に存在しています。

私たちは抗議しなくてはならないと思うのです。
抗議しないのであればそれは肯定していることと同じになってしまうから。

音楽家として、現実世界で起きている悲しい殺人事件や犯罪、事件などのニュースにBGMや効果音をつけて報道することは絶対的に反対です。そのような報道のあり方は本当に無責任な人間がすることだと思っています。自分たちの行動が社会にどれだけの影響があるのか知っているにも関わらず・・・そのことを忘れてしまったのでしょうか?

もし仮に、あなたご自身の愛しき子供が行方不明になったあげく、最も残忍な方法で殺されていたとして、その悲しい出来事をTV側では視聴率稼ぎのネタとしてフォーカスしてきたとしたら・・・?!
ニュースをストーリー仕立てのドラマ風に演出・コーディネートして、悲しさ、不幸さを助長するために迫力のある効果音とBGMで飾り付けし、全く責任感も教養もない新人レポーターによって連日報道されたら、あなたは嬉しいのでしょうか? 普通でしたら怒りを抱いて当然です。例えそれが他人の子供だとしても私は同じように怒りを感じます。

私の怒りは阪神淡路大震災の時、瓦礫の山に埋もれた人々の、苦痛に満ちながらも必死で助けを求める微弱な声を、必要以上に旋回した報道ヘリの轟音がかき消した時から端を発しています。

MA作業をしている方、ミキシングしている方へ。
編集しながら心の奥が痛みませんか? 自分の心に正直になって下さい。
あなた方がディレクターやスポンサーに対して、抗議の意思を密かに抱いているのであれば、前述したような作業には従わないのも、人間としての勇気であり英知だと思います。
またあなた方が変わらなければ何も始まりません。

本来の音楽制作、映像制作を目指していた心の動機を大切にし、「心の喜びや広がりをテーマ」に作業したいのであれば、自分自身に対して変革を起こさなければなりません。
「そんなことに使われるための制作はしていない」と言えばいいのです。 私を含め、多くの音楽家も皆同じように声を揃えることでしょう。

芸術という同じ『学び舎』の志を持った本来の同志が、マスコミという業界の中で大きな悲しみに包まれていることを、見過ごしてはいられない。過酷な労働環境の中、報道という極めて重い責任の中で耐えられないような重圧やストレスがあるのでは・・・と拝察します。

どうか本質を見失わないで、過酷な環境の中でこそ人々に心の光を灯せると思うのです。
人々の心に改心の光を灯す勇気を持って、報道や情報を同時に発信できる「偉大な立場にある」ということも感じて、忘れないで欲しいと願っています。

About TAKESHI HOTTA

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