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フィロソフィー に関するブログ記事

2010年01月14日

マザーテレサの一言

太陽の光に包まれる事は、実に宇宙的なメッセージだと思います。

「私は戦争反対のための集会には参加しません、平和のための集会には参加します」

マザーテレサのこの一言は宗教を越えて非常に大きな意味を持つ言葉だと思います。
それは間違いなく"愛"の視点からの発言であり、愛の伝道者として本質を得ていると思うからです。

そもそも愛には否定的要素が無く包括的で広く受け入れるもの。愛に生きればそもそも勝ち負けで戦って生きてないから社会主義市場経済では弱いものでもある。実質紙幣社会の終焉を経験している様な文化も知らないだけであるのかもしれない。

太陽の光は善悪を分け隔てずに全ての人に光を注がれている。

なのに人類は根拠の無い善悪を隔て、悪を憎悪する事で見事に確信的な破壊の連鎖を引き起してしまった。家族を殺害され復習する様なテーマの低俗アクション映画の様に。
復習する相手にも家族が居る事を伝えない限り、また苦しみの連鎖を断ち切る術を伝えるのが本当の良き映画のスタイルだと思う。しかし多くはそうではない。

私には上記のマザーテレサの一言には、憎悪するのではなく、分け隔てず与える事なのだと過酷な現場に身を投げる彼女の切実な想いが読み取れます。戦時中「敵を愛せ」と迄言えるのは、本当の皆の目的地でもある愛の境地に既にマザーテレサは居たからに他ならないと思います。

朝の太陽を見て、分け隔てずに愛を届ける事が人類のために必要な事と確信します。

毎日太陽が昇ることは、実に宇宙的なメッセージだと思います。

2009年12月31日

リソース 2009

この地球で、これからの未来で、
愛を受けて憎しみで返せる人に僕はまだ出会った事がありません。

2009年は地球の波長が本当に変わって来ている事を多くの人が実感として感じていたと思います。
そして地球はより宇宙文明的になると感じだしていると気配を確実に感じ出している。

宇宙的建築と、宇宙の摂理に沿った人間の生き方が新たな価値観の主導権を握ろうとしている事は時流と言っても良い時が来たと実感しています。

化石燃料に頼った時代支配の終焉はそう遠く無いでしょう。
というのは次世代の生き方がもっとハッキリ見えてくる年を
僕たちはなんとか繋ぎ止める事が出来たのだと思います。

自然を守り、喜びと美しさの中に異次元を見いだし、笑顔をガイドブックに、
頭上からオーラを形成し、共に生き、協力し合い、
個では鈍感だからこそ互いに気付き合い、
どうか利他的な思いで描く人生を。

これから本当に発展していく事は宇宙的建築に属している事だと思うから。

愛を受けて憎しみで返せる人に僕はまだ出会った事がありません。

全てを超越する愛を


私も来年は芸術・周波数に関する事
大きく前進していこうと思っています。

今年1年本当にありがとうございました。
多くの人に本当に支えられました。

皆さんが良いお正月を過ごされる事を祈って

本当に沢山ありがとうございました。

2009年01月28日

もし天使がいたら

天使が大好きな少女がいて屈託のない表情で天使を信じている

もし天使がいたら、その天使と同じ事をしたいって

人がそう考える時、私はその人そのものが天使に思うことがあります。

2009年01月10日

自然との会話

アスファルトの東京に住んでいるとどうしても忘れてしまう自然の大切さ自然の恩恵、太陽の存在などで、もしかしたらこの大切な事を肌身で感じるさせてくれるのが家の僅かなスペースで育てている植物達かもしれない。

今は、アロエや茗荷、日陰でも勝手に育つドクダミなど育てています。今年は苗木や鉢を沢山増やして野菜サラダメニューでも充実させようかなって思っています。10種類くらいの野菜が一緒に入っているサラダとか自家栽培で作れたら素敵じゃないですか?決して難しい事ではなくて誰にでも出来る事なんですよね。

是非皆さんにもオススメです。
きっとあなたの愛情を注げば植物も元気に育ちますよ。

自然との対話
自然の大切さを再認識しながら...

2008年12月15日

大切な事

"愛を分け隔てなく"という言葉は

与えるだけではなくて きっと

あなたを愛してくれている様々な愛を、分け隔てなく受け入れる勇気も同じ。

深い許しと喜びの中に溢れる事を祈って。

2008年07月27日

愛を分け隔てなく

という言葉が大好きです。

2008年05月14日

音楽家としての意見

今日は久しぶりに中国の地震に気を向けてTVを見てみました。

TVをあまり見れない理由は様々で、報道分野に対して抱いている怒りがある事も、その1つの理由としてあります。

私たちは抗議しなくてはならないと思うのです。
抗議しないのであればそれは肯定している事と同じになってしまうから。

音楽家として、現実世界で起きている非常に悲しい殺人事件や犯罪等のニュースにBGMや効果音をつけて報道する事は絶対的に反対であり、その様な報道のあり方は本当に無責任な人間がする事だと思っています。自分たちの行動が社会にどれだけの影響があるのか知っているにも関わらず忘れてしまったのでしょうか?

もし仮に、あなたの自分の愛しき子供が行方不明になったあげく最も残忍な方法で殺されていたとして、その悲しい出来事をTV側では視聴率稼ぎのネタとしてストーリー仕立てのドラマ風に演出・コーディネートされ、悲しさ、不幸さを助長するために迫力のある効果音とBGMで飾り付けし、全く責任感も教養もない新人レポーターによって連日報道されたら、嬉しいでしょうか?普通でしたら怒りを抱く箇所です。例えそれが他人の子供だとしても私は同じく怒りを感じます。その怒りはまるで阪神淡路大震災の時に瓦礫の山に埋もれた苦痛の人々が必死に助けを求める声を、微弱な声を、必要以上の報道ヘリの騒音がかき消した時の様に。


MA作業している方、ミキシングしている方。編集作業しながら心の奥で痛む心に正直になって下さい。あなた方がディレクターやスポンサーに対する抗議の意思を密かに抱いているのであれば、上記の様な作業には従わないのも人間としての勇気であり英知だと思います。また最もあなた方が変わらなければ何も始まりません。本来の音楽制作、映像制作を目指していた心の動機を大切にし、心の喜びや広がりをテーマに作業したいのであれば自分自身に対して変革を起こさなければなりません。

そんな事に使われるための制作はしていないと言えばいいのです。
私を含め、多くの音楽家も皆同じ様に声を揃えて言うでしょう。

芸術という同じ学び舎の志しを持った本来の同士がマスコミという業界の中で大きな悲しみに包まれている事に見過ごしてはいられない。報道という極めて重い責任の中に耐えられない重圧やストレス、過酷な労働環境の中にもどうか本来を見失わずに、その過酷な環境の中でこそ人々の心の光を灯せる、人々の心に改心の光を灯す勇気ある情報と報道が同時に行える偉大な立場であるという事も感じて忘れないで欲しいと願っています。

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