judgement

本日まで、「音」について多角的な視点で洞察する要素を勝手に話してきました。

音がいくつかの要素(次元)からなっていると。

音程
音量
長さ
波形
和音
母音
父音
倍音

に対しさらに6方位(全方位)

インターネットで「裁かない」と検索すると実に様々な興味深い記事を見受けることになります。

「神は救うだけ」
「神は裁かない」
「人のこころは裁かない時に絶対的な平安が訪れる」

などなど。他にもたくさん。

人間界では
「僕はこういう考えであなたと違うから友達にはなれない」
「お互いの認識が違うからもう無理」
などなど、破局する原因は沢山あります。

例えば本日なら「太平洋戦争」「大東亜戦争」と呼び方1つで人間関係が崩壊しているかもしれません。

なぜ、人間関係が崩壊するのか。理由としてそこに主観的な「裁き」があります。

多くの人のこころの平安を乱す「裁き」。

この「裁き」の正体っていったいなんでしょうか??

「裁き」ってもしかして、多くの場合は2次元のことでは?? 

「良いor悪い」にはじまる2極=2次元=2要素しかない状態。

「右か左」しかない低い意識の次元。(上下と奥行きも足そう)

「楽しいかつまらないか」

「金があるか無いか」

の上に判断した結果の行動って考えることは出来ないでしょうか?

2次元=平面であり宇宙デザインである球体でない状態ですね。

さらに裁きは「その時点」をもって裁かれているのです。

つまり「静観」が無い状態。

僕がプロデューサー業務でもっとも判断を見誤るところです。

「今は歌えないけど、時間が良い奏でへと導く、時間という軸をたせば」

ま、「裁き」は判断材料が2つの軸しかない、言い換えれば2次元の意識。

何かを裁く、意思決定機関が2次元って。

もうそれはハイエンドな愚かさかもしれませんね。

裁きの意識でいきていたら、この人生かなりきついと思います。

では、裁きの及ばない世界ってなんでしょうか?

もう1つ、意識のエレメントを足すと

1、「良い」2、「悪い」3、「どちらもあり」

かもしれません。

これはまだ3軸ですよ。

次の定義はきっと、「場所や責任」ではないでしょうか?

音を良く理解しようと思ったら、少なくとも上記のエレメント全てを洞察出来ることが必要になります。

僕が10年以上の友達で居続けられる奴らってのは、本当に少数ですが、面白い程裁きの意識が無いのです。

なんで裁きの意識が無いか?

裁きの意識がない根底には、善悪で判断しない多次元的な洞察力があることもそうかもしれませんが、そもそも「その人の人生、ちゃんと自分で責任を取れば何しても良くない?」っていう自由意識の尊重に近い意識もあります。

自由と責任。

ま、勝手にしてください。という結構、冷たいとか言われるスタイルですが、裁かないからずっと一緒にいられるんですよね。

人が幸せな状態。

精神と肉体、理想と現実が乖離せず調和状態の上に、自己責任でいきていること。

人が、何を言おうが、その人の人生です。その人が責任を負っていきているのです。

宇宙は適材適所が上手です。