sus4

ひっそりだけど、個人的に天才と凡人の明白な違いの一つとして思ってる事があるんです。

それはsus4で終われるか終われないか?・・・というただこれだけの違いです。
sus4というのは響きを聞けば誰でもすぐ判る響きと思うのですが、どうしてもその和声を聞くとその次に基本コードを求めて解決したくなるような音ですよね?それは聞く側も弾く側もです。
しかしこの解決したくなる気持ちが、解決しないで、1楽曲の最後のフェルマータまでずっとsus4のまま終わる。と、いわゆる死を迎えなかった楽曲はサイクルを循環出来なかった解決しなかった場合どうなるかを、プロデュースする側は見届けています。
ここで、明白な違いを感じてしまうのです。
凡人は凡人で、天才は天才。
まるで仕組まれたパチンコ台みたいに、打った玉がどうやったって大当たりにしか入らない様な釘を打たれた、成功へのセオリーを持ち合わせて、さらに利他的な思いで奏でていく事が出来れば、sus4などに微動だにしないといえば嘘になるけど、コントロールできるようになる。
sus4が次に動く位置が、普通と違い何処へでもコントロール出来るのが天才。基本コードにしか戻れないのが凡人。ステイホールドすら出来ないのが動物的生理体。
精神音楽と、日常を装飾するだけの音楽との決定的な違いは、生理体に及ぼす影響をコントロールさせる修練の場さえ提供し用意出来るかどうか?という、一つ大事な観点を抱いています。
sus4、つまり4から動き出す感情をコントロール出来たその先に、僕はかなり異次元の、そのエンジェリックで神秘的な、美しき光が光を産んでいるような、異次元の世界、精神世界の宇宙リズムの摂理に従った本当のセンス、を感じとっています。
sus4の音をたったの20〜30分でも聞き続けた人ってこの世にいるかな?
数分間でもSUS4だけで奏でてると、その先にもうもとめるものって変わってくる。
チャクラの瞑想と洞察と同じ事が、サウンドバイブレーションによるコード展開トレーニングで出来る、そんな理念をもって音を届けます。

Sponsor Link