« 2010年02月 | メイン | 2010年04月 »
僕も田舎に一人暮らし始めたら、毎回CD発送のために郵便局に車で行くのはどうかな?って
ずっと思っていました。集荷で自然の中に車を呼ぶのも結局同じ事で。。。
自然に憧れ軽井沢に引っ越しても結局自然を汚しに行っては本末転倒というか本意ではないでしょう。限りなく自然を尊び守りたい、自然の中で生活するというのはきっとそういう事だと思います。
今の移住予定候補地は郵便局まで歩いたら往復1時間30分!
山あり谷あり川ありで超健康に良さそうですが、自転車でも妥協しそうな時間と距離。。。
そんな時、実物は見た事ありませんがこれ意外と良いのかな?
http://prozza.com/miletto/
ミレット ( miletto ) って知ってました?
M.Aさん教えてくれてありがとう。
かなり前向きに検討中です。買うとしたら赤!
つっちー色真似しないでね(笑)
TOYOTAの話を聞くと、日本が鎖国した時の事を何故か思い出します。
未来から現代を振り返ったとき、地球大気汚染に関連した世界企業上位TOP100位には恐らくTOYOTAも入っているかもしれない。それは勿論排気ガスが起因の大気汚染を生んでいるからです。
私達には自然を破壊しない移動手段の選択肢があまりにもありません。
自分も生きて行く上で頂いた自然の恩恵に、自然回復させる努力をしたいと日々考えています。
海に囲まれた国のトップ自動車メーカーにいったいこれまでどれだけの技術プランが送られているかは想像も付きませんが、恐らくプリウスのリットル30kmというスペックと異次元の技術候補があるはずです。それは勿論環境的にも優れている。
他国の事情や業界のペースを考える事も確かに必要だとも思うのですが、地球や宇宙の摂理をの元に考える事を忘れては危険だとも同時に思うのです。
宇宙の法則が存在する限り自然の摂理と逆行する様な事は永続的な繁栄はありえないと考えます。地球意識が自然破壊をいつまでも容認するはずもなく自然の治癒力はいかなる形でもおこるはずです。いづれにしても日本を代表する企業であるのならば宇宙の摂理にあった事を仕事にする事を一個人としては願うばかりです。
名古屋栄交差点で談笑する淑女は、我が子のトヨタ就職を自慢する事も結構ですが、一方ではとても危険な仕事かも知れないという気遣いを最愛の子供に投げかける事も忘れないで欲しいと願います。
人は誰しも潜在意識の中で大気汚染を生みながら走る車を運転しながら心を痛めています。
自然破壊をしながら喜べる精神などあるはずもありません。
いつか堂々と車にのって自然の中をドライブしてみたい。
そんな夢が僕にもあります。
現状のTV(特にニュース)を見ていれば程度の違いはあれど必ず洗脳の行程を受ける事になると思います。
TVが洗脳体質であると言う証拠はニュースに使われている音楽を聞けば分かりますが、一例で報道に効果音を使うのを耳にした事があると思います。如何なる内容にもBGMを使う根源の動機に視聴者は気付かなくてはなりません。またBGM音楽によって受ける感受性が真実と違う方向にメディアが調節している事にも自覚する必要があります。
とても人気のある番組ですと言われて見た番組は関西弁の司会者でお茶の間に溶け込んだ様な印象を与えていました。しかし彼も大きな指示の元に注意事項を受けている事は表情を見ていればすぐ分かります。
「この案件にはこの表情で」の様に。本当に役者ですね。
報道に役者が必要なのか、真実をそのまま伝える人が必要か。
受ける印象を仕立てて流すか、真実をそのまま流すか。
とても難しい内容のニュースなので意識を研ぎすます集中力を増すサウンドシンボルを使うのであれば分かりますが、現状の報道はBGMを色として使っています。殺人事件は悲しみのBGMでドラマ風にという様に。報道において真実をそのまま伝える事にBGMはむしろ不要です。そのまま報道出来る勇気がないというより、その根源がなにかであるか、各自理解する事も必要ではないでしょうか?
勿論音楽BGMなど要素の1つに過ぎませんが、非言語コミュニケーション、サウンドシンボルの意味を理解した人間にとって報道においてのBGMは非常に危険なものであるという事は多く共通の認識であると思います。
音楽の様な潜在意識に直接効果があるものを使う事が今を証明としています。音楽の効果を分かってなくて使っているのであれば責任を問われる事は当たり前なので、確信的に使っているという事です。
僕は自宅にあるTVを3年間くらい付けなかった時期もありました。というのも多くの場合非常にストレスであり、深い悲しみにとらわれます。何も考えず当たり前の様にニュース番組を楽しむ人が多くいる現実も理解していますが、本当に現実で起きている事を洗脳というフィルター越しに見ない方法も是非一緒に問うて欲しい願いがあります。僕にとっては報道番組の多くが無責任な人間の番組にしか映りません。大震災の瓦礫の下より聞こえる微かな余力での助けを求める声を大切にしたら、何台もの騒音で低空飛行したカメラヘリは飛ばせないはずです。その映像から僕はTVを見る事を辞めた記憶があります。
そして無意味な報道ビジネスの中に、洗脳に
あなたが巻き込まれない事を願っています。